嬉しいような寂しいような

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一夜明けて

昨日「計算練習は一緒にしない」と宣言してから
私からは一言も話しかけないまま、迎えた朝。

果たしてカナタはといえば、
一人で起きて、私には声もかけず
一人で計算問題を始めていました。

一緒に計算をやるメリットは
カナタの進み具合や計算の癖が見えるので
都度声をかけてあげられることでした。

カナタ一人でやらせると
ちょっとできないときにすぐ答えを見たり
間違った答えで正解にしてしまったり
懸念はいろいろあります。

それでも、一度言ったことなので
立場上すぐに変えるわけにはいかない
と考えています。
つまらない意地なのかもしれませんが。

また、カナタがやらされているのではなく
自分でやること、と思えているなら
それはそれでよいことだとも思います。

もともと療育センターの先生にも
自己認識、自分のことという認識が甘い、
という指摘を受けていました。

こういうことがきっかけで
少しでも自力で歩いていけるようになればよい、
とは思います。

それでも、カナタが頼ってこないという事実を
少し寂しいと思う気持ちもあります。
それはもしかすると、子離れできていないだけ
なのかもしれませんが。

ここは声をかけたくなる気持ちを抑えて
カナタから何か言われるまでは
黙っていようと思います。

もちろん、答えがきちんとあっているかは
カナタが見ていないところで確認しますが・・・。

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